譲渡禁止特約が設定されている債権の強制執行は可能なのか?

債権の譲渡に「譲渡禁止特約」が付されることは、取引上よく見られるものです。これは、債務者が予期しない債権者変更によるリスクを避け、取引の安定を図るために設定される契約条項です。
では、譲渡禁止特約が付された債権に対して、強制執行、特に債権差押えを行うことはできるのでしょうか。
結論から言うと、強制執行は可能です。ただし、そこには一定の注意点が存在します。

まず、民法466条2項により、「譲渡禁止特約がある場合、譲受人は債務者に対して権利を主張できない」旨が定められています。通常の債権譲渡においては、譲渡禁止特約の存在によって譲渡は制限されるわけですが、強制執行についてはこれとは異なります。
強制執行は、債務者の財産に国家権力をもって強制的に手を加える制度であり、債務者個人の自由意思とは別の次元にあるため、譲渡禁止特約によって強制執行そのものが阻まれることはありません。

【事例① 東京地裁平成16年3月5日判決】

ある請負工事代金債権について、譲渡禁止特約が存在していました。差押債権者がこの債権を差押えたところ、第三債務者(元請会社)は「この債権は譲渡禁止特約があるため差押えられない」と異議を述べました。
しかし裁判所は、「譲渡禁止特約は、契約上の債権譲渡を制限するものであり、国家権力による強制執行に及ぶものではない」として、第三債務者の異議を認めず、差押命令の有効性を認めました。
この判決は、譲渡禁止特約の有無にかかわらず、強制執行(差押え)は可能であるという基本的な方向性を改めて示したものといえます。

こうした判断は、他の多数の判例でも一貫して採られています。強制執行の制度趣旨(債権者平等主義と財産責任原則)を重視する立場から、譲渡禁止特約が強制執行を妨げる理由にはならないと整理されているからです。

もっとも、注意が必要なのは、差押え後の取立てです。譲渡禁止特約がある場合、差押え自体はできたとしても、差押債権者による取立てに対して第三債務者が支払いを拒むリスクはあります。
また、譲渡禁止特約の対象となる債権が、委任契約に基づく報酬請求権などの一身専属的債権であった場合、そもそも差押え自体が認められない可能性もあります。

【事例② 東京地裁平成24年2月28日判決】

医療機関における診療報酬債権を差押えたケースです。この診療報酬債権には、譲渡禁止特約に近い形で「第三者に権利を主張できない」という特約がありました。
差押債権者は診療報酬を差押えましたが、国保組合側(第三債務者)が支払いを拒否。裁判所は、「診療報酬債権は一身専属的性格を持たず、通常の金銭債権であり、譲渡禁止特約があっても強制執行できる」と判断しました。
また、国保組合に対しても、正当な支払いを命じる結果となっています。

この事例は、たとえ譲渡禁止特約があっても、債権の性質が単なる金銭債権であれば、通常通り強制執行が認められることを示しています。
一方で、診療報酬のような公共性を帯びた債権ですら差押えを容認したことから、かなり広範な適用が認められていると理解できます。

さて、ここまでのまとめです。

譲渡禁止特約付きでも強制執行は可能

差押え後の取立てで紛争になるリスクはある

債権の性質(一身専属か否か)が重要

実務では、差押対象とする債権について、譲渡禁止特約の有無だけでなく、債権の性格(例えば労務提供型か、純粋な金銭債権か)を慎重に見極める必要があります。
また、差押命令申立ての段階で譲渡禁止特約の存在を記載する義務はないため、第三債務者から異議が出て初めて問題化するケースがほとんどです。したがって、差押命令を取得した後も、取立て交渉や転付命令の申立てに備えた柔軟な対応が求められます。

最後に、強制執行を受けた側(第三債務者や債務者)も、譲渡禁止特約の主張だけでは強制執行を阻止できないことを理解しておく必要があります。誤った対応をすると、二重払いのリスクや、差押債権者から損害賠償請求を受ける可能性も否定できないためです。