債権譲渡登記のしくみ。譲渡人・譲受人どちらかが個人事業主だと登記できない?

ファクタリングや企業間取引で債権を譲渡する場面では、「債権譲渡登記」が重要な役割を果たします。債権譲渡登記とは、譲渡された債権が誰のものなのか、つまり誰が正当な権利者なのかを第三者に公示するための制度です。これによって、債務者や第三債権者に対して対抗要件を備えることができ、二重譲渡などのトラブルを未然に防ぐことができます。

しかし、実務においては「譲渡人または譲受人が個人事業主の場合、債権譲渡登記ができない」といった話を耳にすることがあります。これは果たして事実なのでしょうか? 本稿では債権譲渡登記の基本的な仕組みと、個人事業主が登記当事者となる場合の制限について詳しく解説します。


1. 債権譲渡登記の基本

債権譲渡登記は、「民事執行法」に基づいて東京法務局(本局)のみで行われる登記制度です。たとえば、売掛金や請負代金債権などを第三者(ファクタリング会社など)に譲渡する場合、当事者間での契約だけでは第三者対抗要件(=他人に対して「これは自分の債権だ」と主張する法的な力)を持ちません。

これまでは債権譲渡の通知や承諾が必要でしたが、2004年の法改正により、債権譲渡登記という手段でも対抗要件を備えることが可能となりました。特に「第三債務者に知られたくない」というニーズが強い2社間ファクタリングでは、この登記制度が重要な意味を持ちます。

債権譲渡登記は、登記簿に「譲渡人の氏名(または商号)」「譲受人の氏名(または商号)」「債権の内容」などが記録され、誰でも閲覧できる公的記録となります。これにより、債務者が異議を唱えられなくなり、譲受人は安心して資金を貸し付けたり、債権を保有したりすることができます。


2. 法人であることが求められる登記当事者

ここで問題となるのが、「債権譲渡登記の当事者になれるのは法人に限られる」という制約です。結論から言えば、債権譲渡登記は法人格を持つ者に限られており、譲渡人も譲受人も、どちらか一方でも個人(=個人事業主を含む)であれば登記はできません。

この制限の背景には、登記制度の設計思想があります。債権譲渡登記は第三者への公示を目的とする制度であるため、一定の安定性と信頼性が要求されます。法人には登記簿という公的情報源が存在するため、その身元や活動実態を確認しやすい一方で、個人には同様の仕組みがありません。加えて、個人事業主の氏名や住所は変わる可能性があり、公示情報としての信頼性に欠けると判断されているのです。


3. 個人事業主が当事者となる場合の対応策

たとえば、個人事業主である電気工事業者が、売掛金をファクタリング会社に譲渡して資金化したいと考えたとします。この場合、2社間ファクタリングを選ぶ場合に債権譲渡登記ができないため、「通知型(3社間)」しか選択肢がありません。3社間ファクタリングであれば、債権譲渡の通知または承諾を債務者から得ることで、登記を行わなくても対抗要件を確保できます。

ただし、「債権譲渡登記ができない=ファクタリングできない」ということではありません。ファクタリング会社によっては、個人事業主を対象とした柔軟な審査フローを用意しており、請求書の履歴、取引先との契約書、納品実績などから総合的に債権の実在性と支払い能力を判断します。とはいえ、登記に比べてリスクは高まるため、手数料が高くなりやすく、審査も厳しくなる傾向があります。

また、事業拡大を見据えて法人化することで、債権譲渡登記の選択肢が開かれるというメリットもあります。税務上の判断や社会保険の負担を踏まえて慎重に検討する必要はありますが、資金調達の手段を広げるという意味で、法人化はひとつの現実的な選択肢です。


4. ファクタリングにおける実務上の注意点

ファクタリング業者の中には、債権譲渡登記を行わないまま債権を買い取るケースもあります。特にスピードを重視した即日資金化の場面では、実際の入金や取引履歴を信用して、登記を省略することがありますが、これはリスクを伴う方法です。万一、その債権が他社に二重譲渡されていた場合、登記がされていない方は法的保護を受けられません。

そのため、法人同士の取引であっても、ファクタリングを利用する際には、登記の実施を前提に話を進めるのが一般的です。また、登記には一定の費用(登録免許税など)や書類準備の負担があるため、契約時の諸費用に含まれることが多い点にも注意が必要です。


5. まとめ:登記の可否と制度の限界

債権譲渡登記は、譲渡された債権が正当なものであることを証明する、非常に強力な手段です。しかしながら、譲渡人・譲受人のどちらかでも個人である場合には登記ができず、その恩恵を受けることができません。個人事業主として事業を展開している場合、ファクタリングや債権譲渡の手法を用いる際には、こうした制約を踏まえて手続を進める必要があります。

実際のところ、債権譲渡登記の制度そのものが法人を対象として設計されており、個人事業主が活用できる制度としては十分とは言えません。これを受け、今後、個人事業主の資金調達ニーズに対応した新しい制度や法改正の必要性も議論されていく可能性があります。

企業の信用を守り、円滑な資金調達を行うためには、法的な手続きや登記制度についても正しく理解しておくことが重要です。債権の譲渡は目に見えない資産の移転であるからこそ、透明性と正当性を担保する手段としての「登記」は、これからも重要な役割を果たし続けるでしょう。