個人事業主がファクタリングを利用する場面は、近年、着実に増えつつあります。法人とは異なり、与信の面で不利とされがちな個人事業主にとって、ファクタリングは迅速な資金調達手段として非常に有効です。特に、税務申告前で決算書が整っていない時期や、銀行融資に時間がかかるような場面では、スピーディーな取引が魅力になります。
ただし、ファクタリング会社が個人事業主からの申し込みを受けた場合、必ずと言ってよいほど求められる書類のひとつが「個人の通帳」です。法人の場合は「法人名義の口座の入出金明細」となるのに対し、個人事業主は「個人口座」、すなわち生活口座と事業口座が混在している場合も多く、これが提出対象となります。
ではなぜ、個人事業主はファクタリングを申し込む際に、個人通帳の提出が求められるのでしょうか。その理由は、大きく分けて次の3つに整理されます。
① 実際に債権が発生しているかの確認
ファクタリングの基本は、「まだ入金されていない売掛金(債権)」を、一定の手数料を差し引いて現金化することです。つまり、事業者が主張する売掛債権が、本当に存在するのか、そして取引の実態があるのかを確認することが、ファクタリング会社にとって最重要の審査ポイントとなります。
法人であれば、請求書や契約書に加えて、法人通帳にある定期的な入金履歴から、売上と債権の発生が確認できます。一方、個人事業主では法人口座が存在しない場合もあり、事業の収入も個人名義の口座に入金されるのが一般的です。このため、個人通帳の入出金履歴を確認することで、
- 債務者(売掛先)からの過去の入金が確認できるか
- 継続的な取引関係があるか
- 今回の請求書が架空でないか
といった点を総合的に判断します。たとえば、請求書では「A株式会社より30万円の売掛金がある」と記載されていても、通帳に一度も「A株式会社」やその名義での入金がない場合、継続的な取引実績が疑われ、ファクタリング会社としても慎重にならざるを得ません。
② 資金使途と返済能力の見極め
ファクタリングは融資ではなく、あくまで債権の売却による資金調達手段です。ただし、実際には資金繰りが逼迫した事業者が利用するケースも多いため、ファクタリング会社としては「この事業者が、資金を正しく使い、今後も取引を継続できるか」を一定程度判断する必要があります。
個人通帳からは、日々の支出傾向や事業関連支出、家計の状況などがある程度見えてきます。たとえば、毎月の家賃や水道光熱費、クレジットカードの返済などが整然と行われている通帳であれば、事業者としての管理能力も期待できます。一方で、入金と同時に現金が引き出される、カードローンの返済が遅延している、過度なギャンブル支出がある、といった記録がある場合、資金の適切な運用に疑問が生じ、審査に影響が出ることもあります。
もちろん、これらは決定的な「落とす理由」にはなりませんが、少なくとも資金使途の計画性や生活状況を把握する材料として通帳が使われていることは事実です。
③ 債権譲渡後の入金確認と回収スキームの構築
2社間ファクタリングでは、債務者への通知を行わずに債権を譲渡する形態が一般的です。その場合、ファクタリング後も売掛先からの入金は、これまで通り個人事業主の通帳に振り込まれます。ファクタリング会社としては、その通帳に売掛金がきちんと入金されることが確認できなければ、回収ができません。
このため、取引前に通帳の情報を確認し、「どの口座に、どのような形で入金されるのか」「債務者の振込名義はどのように記録されているか」を把握しておくことが、実務上必要なのです。
さらに、売掛先の入金日と回収予定日の整合性を確かめることで、万が一の遅延や回収不能に備えたリスク管理がしやすくなります。たとえば、毎月末に入金される取引先からの売掛金であれば、回収のタイミングも月末に照準を合わせることができ、ファクタリング会社としても回収計画を立てやすくなります。
個人事業主こそ「可視化」が重要になる時代
このように、個人事業主がファクタリングを利用する際に個人通帳の提出が求められる背景には、「債権の実在性の確認」「資金使途と信用力の判断」「回収ルートの把握」という、極めて現実的な目的があります。法人であれば登記簿、決算書、法人通帳などの資料で確認できることを、個人事業主では通帳一冊でまかなうことになるため、その重みは大きくなります。
言い換えれば、個人事業主こそ、資金の流れを「可視化」しておく努力が求められているのです。事業用と生活用の口座を分ける、振込名義を統一してもらう、定期的に記帳し整理する――そうした小さな工夫の積み重ねが、信用をつくり、ファクタリングの審査をスムーズに通すための鍵となります。
資金繰りに困ったとき、頼れる手段のひとつであるファクタリング。その選択肢を持ち続けるためにも、通帳は単なる記録ではなく、「信用の履歴書」として捉える必要がある時代です。