債務名義を確定する理由

債権回収の現場では、支払いの約束が果たされないというだけでなく、その後の対応が遅れたことで状況が悪化するケースが多くあります。約束が守られない時点で次の手を打つ必要があり、その第一歩が「債務名義」の確定です。債務名義とは、債務者が一定の支払い義務を負っていることを公的に証明する文書であり、強制執行を行うために必須の前提となります。

口約束や請求書の送付だけでは、裁判所は強制執行を許可してくれません。債務名義があるからこそ、銀行口座の差押えや不動産の仮差押え、勤務先への給与差押えといった、現実的な回収手段が取れるようになります。

債務名義を取得する方法はいくつかあります。一般的には民事訴訟を経て判決を得る流れですが、支払督促や調停、公正証書の活用により、より簡易に債務名義を得ることも可能です。とくに、契約段階で執行認諾文言を含む公正証書を作成しておけば、後日の裁判を経ずに即座に執行ができる点で非常に有効です。

この「執行力」がもたらす意味は大きく、単なる請求とは段違いのプレッシャーになります。債務者も差押えのリスクを意識せざるを得ず、話し合いによる分割払いや和解に応じる可能性も高まります。

一方で、債務名義を得たとしても安心はできません。債務者が資産を隠す、あるいは身元をくらまし所在を明かさなくなるという事態が珍しくないからです。

とくに近年では、個人・法人を問わず「連絡がつかない」「所在が不明」といった形で逃げ回る債務者が増加しています。電話やメールに反応せず、登録住所には居住実態がない、事業所が撤退していて郵便物も届かないというケースが後を絶ちません。こうした状態では、そもそも訴状の送達すら難しくなり、債務名義の取得そのものが阻まれることになります。

これに対しては、公示送達という手段が用意されています。これは、相手に訴状を直接届けられない場合でも、裁判所の掲示板に一定期間掲示することで、送達とみなす制度です。この手続きを踏めば、たとえ債務者が姿を消していても、裁判を進行させ、最終的に判決を得ることが可能になります。

判決を得て債務名義が確定すれば、次に行うのは執行手続です。しかしここでも、債務者が財産を隠していれば実効性が乏しくなります。とくに近年では、債務者が資産の名義を親族や第三者に移したり、複数口座に分散したり、現金で保有するなどして、差押えを回避する傾向が強まっています。

このような資産隠しに対しては、以下のような法的手段で対応します。

まず、訴訟と同時に「仮差押え」や「仮処分」を申し立てることが挙げられます。これは、判決が確定する前に対象財産を暫定的に押さえておく手続で、財産の散逸を未然に防ぐ効果があります。銀行口座や不動産、売掛金などを対象にすることができ、資産が手元から離れる前に執行可能な状態を維持できます。

さらに、判決確定後には「財産開示手続」が利用できます。これは、債務者に裁判所で自身の資産状況を陳述させる制度で、正当な理由なく出頭を拒否したり虚偽の申告をした場合には、過料や刑事罰の対象となることもあります。

また、債務者の情報を第三者機関から取得する制度も拡充されており、銀行、年金事務所、市町村などを通じて債務者の口座情報や勤務先などを特定することも可能です。こうした手続きによって、逃げ回る債務者の足取りをつかみ、現実的な回収手段へとつなげていきます。

加えて、債務者が財産を意図的に移転した場合には「詐害行為取消権」の行使も検討されます。これは、債権者の権利を害する目的で行われた財産処分を取り消し、原状回復を図るものです。対象は、不動産の贈与、車両の譲渡、会社名義の変更など多岐にわたり、適切に主張立証すれば、隠された財産を回収対象に戻すことが可能です。

ただし、こうした回収手続には費用と時間がかかります。調査会社を使っての所在調査、財産の特定、公示送達や訴訟費用なども含め、債務者の資力が極めて低い場合には「費用倒れ」になることもあるため、現実的な回収可能性を見極めたうえで動く必要があります。

まとめると、債務名義を確定する理由は、債権の存在と内容を法的に明示し、強制執行を可能とするためです。債務者が任意に支払う見込みが薄く、資産を隠したり、姿をくらましたりするおそれがある場合には、なおさら早期の名義取得が重要になります。債権者にとって、債務名義は「守り」ではなく「攻め」の道具です。情報収集と法的手続きを組み合わせ、可能な限りの対抗手段を講じていくことが、厳しい回収環境においても結果を出す唯一の方法と言えるでしょう。