ファクタリングは、企業が売掛債権を早期に現金化するための金融手段として、中小企業を中心に幅広く利用されています。しかしこの制度には大きな前提があります。それは「売却する債権の相手(債務者)が法人や事業者であること」です。
ファクタリングを活用しようと考えている事業者の中には、「個人相手の仕事でも請求書を出しているし、それを債権として売れるのでは?」と疑問を持つ方もいるかもしれません。しかし現実には、個人への債権(例えば、住宅リフォーム代金、個人宅の清掃サービス、塾代など)をファクタリングすることは、ほぼ不可能です。本コラムでは、その理由を具体的に解説し、法的・実務的な観点から「なぜ個人債権はファクタリングに不向きなのか」を明らかにしていきます。
債権の真実性確認が困難
ファクタリングの根本は、「本当に存在する売掛債権」であることが前提です。そのため、ファクタリング会社は債権の正当性を確認するために、取引先(第三債務者)に対して照会や通知を行います。
法人や事業者であれば、請求書や契約書、納品書、検収書、発注書などのビジネス文書の整備がある程度期待できるため、債権の確認がしやすいのです。しかし相手が個人であると、次のような問題が発生します。
- 口頭契約で済ませており、明確な証拠がない
- 個人情報保護の観点から、第三債務者に通知できない
- 個人が確認の連絡に驚き、「詐欺では」と混乱を招くことがある
- 金額や契約内容を後から争われる可能性が高い
このように、債権の裏付けをとる仕組み自体が成り立ちにくいのが、個人債権の最大の問題点です。
債務不履行リスクが高い
もう一つの重要なポイントは、「債務者の支払い能力と支払い意欲」です。法人や事業者であれば、支払いが遅延した場合も業務上の信用問題になるため、一定の責任感がありますし、内容証明や法的手続きでの回収も比較的スムーズです。
しかし個人が相手の場合、以下のようなリスクが大きくなります。
- 支払能力に問題がある(失職、病気、破産など)
- そもそも支払う意思が弱い(約束の認識にずれがある)
- 「業者に債権が渡った」と知った時点で不快感から支払いを拒否されることもある
ファクタリングは原則「償還請求なし(ノンリコース)」が基本のため、債権回収不能となった場合はファクタリング会社が損失を被ることになります。したがって、リスクの高い個人債権は初めから対象外とするのが実務上の通例です。
個人情報保護法との抵触
個人への債権を第三者(ファクタリング会社)に譲渡する場合、第三債務者=個人に通知が必要となりますが、ここで問題になるのが個人情報の取り扱いです。
具体的には、
- 譲渡通知を行う時点で、個人情報(氏名・住所・電話番号など)をファクタリング会社に渡す必要がある
- 本人の同意を得ずに個人情報を第三者提供すれば、個人情報保護法に違反する可能性がある
- 債務者である個人からの苦情や訴訟に発展するリスクもある
このため、ファクタリング会社は個人への債権を取り扱うことで生じる法的トラブルを極端に警戒しています。これもまた、制度的に個人債権が排除される大きな要因です。
実例:リフォーム業者の相談ケース
ある住宅リフォーム業者(個人事業)が、個人宅向けの外壁塗装工事を完了し、80万円の請求書を発行しました。しかし支払いは2か月後。資金繰りが厳しかったため、ファクタリングを検討したところ、すべての会社から断られました。
理由を尋ねると、「個人相手の債権は不可」の一点張り。本人は「請求書も契約書もあるし、工事も終えているのに」と不満を抱きましたが、ファクタリング会社からはこう説明されました。
「たとえ工事が完了していても、債務者が個人では、確認も通知もできません。仮に譲渡通知を送ったとしても、相手が支払いを拒否するかもしれませんし、個人情報の取り扱いにも細心の注意が必要です。リスクに見合わないため、お引き受けできません」
このように、債権の正当性を裏付ける資料がそろっていても、相手が個人であるというだけで、制度上の限界があるのです。
ではどうする?個人債権の資金化手段
ファクタリングが使えないとなると、個人相手の債権を資金化するためには、次のような代替手段を検討することになります。
1. 銀行のビジネスローン
個人事業主向けのローンや信用保証付き融資を活用する方法です。審査はありますが、債権の内容よりも事業全体の信用を見られます。
2. 売掛保証サービス
個人向けには適用されにくいですが、一定の条件を満たせば「債権回収不能リスクを補償してくれる保険」に入ることも可能です。
3. 支払いサイトの短縮交渉
取引前に「着手金」や「分割払い」、「完工時即払い」を取り入れ、資金繰りを安定させる工夫も重要です。
まとめ:ファクタリングは法人間取引のための制度
ファクタリングは、あくまで法人間または法人と個人事業主間のBtoB取引における「債権の売買」を前提とした仕組みです。個人を相手とする債権は、取引の証明、債務履行の確実性、法的リスクなど、さまざまな点で不確実性が高く、ファクタリングの仕組みに適合しません。
「個人にも請求書を出しているから、同じように資金化できるはずだ」と考えてしまう気持ちは分かりますが、現実の制度設計は極めて慎重に作られています。資金繰りに悩む場面では、制度に合った適正な金融手段を選ぶことが、事業の継続と信頼維持にとって最も重要な判断となるでしょう。